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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)7号 判決 1998年3月31日

新潟県南蒲原郡下田村大字上大浦474番地

原告

バクマ工業株式会社

代表者代表取締役

馬場幸一

訴訟代理人弁護士

坂井煕一

斉木悦男

同弁理士

近藤彰

兵庫県三木市大村561番地

被告

株式会社岡田金属工業所

代表者代表取締役

岡田保

訴訟代理人弁護士

酒井信次

田中稔子

同弁理士

大西健

主文

特許庁が平成5年審判第12280号事件について平成6年10月24日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「替え刃式鋸における背金の構造」とする登録第1951623号実用新案(昭和61年4月28日登録出願、平成2年11月20日出願公告、平成5年2月12日設定登録。以下「本件考案」という。)の実用新案権者である。原告は、平成5年6月10日被告を被請求人として、特許庁に対し、本件考案について登録無効の審判を請求し、平成5年審判第12280号事件として審理された結果、平成6年10月24日「本件審判の請求は、成り立たない」との審決があり、その謄本は同年12月15日原告に送達された。

2  本件考案の要旨

柄2の先端部に背金3を取り付け、該柄2への鋸替え刃4の取り付けに際しては、背金3の内側に形成した支持部5に、替え刃4の凹部6を掛け合わせるように形成した構成の替え刃式の鋸において、背金3全体の長さを、替え刃4の手前側基部を支持する寸法に設定するとともに、背金3における支持部5が位置する下方の間隙部Bを、鋸替え刃4の基部を容易に差し入れ得る巾に設定して解放し、該巾広上の間隙部Bを、背金3における支持部5よりも前方側で、かつ、背金3の下方側付近、あるいは、背金3の先端側付近に形成した鋸替え刃4の厚み以下に設定した狭まり部Cに至るまで継続させ、背金3への鋸替え刃4の掛止め操作時にあっては、鋸替え刃4の背部が該狭まり部Cに至るまでは、狭持状態となることなく自由に回動させ得るようにする一方、鋸替え刃の完全装着時にあっては、専ら該恒久的な狭まり部Cによって狭持され、背金3における他の内壁面部分は、鋸替え刃4の側面部に対して、圧接状態とならないように形成したことを特徴とする替え刃式鋸における背金の構造。

(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

別添審決書「理由」記載のとおりである。

以下、審決記載の甲第1号証、第2号証(被告が製造販売した鋸柄を撮影した写真、本訴甲第2号証の1ないし5、別紙写真参照)を「引用写真」、引用写真に撮影された鋸柄を「甲1鋸柄」、甲第6号証(昭和60年実用新案出願公開第4362号公報、本訴甲第6号証、別紙図面3参照)を「引用例2」、同記載の考案を「引用考案2」という。

甲第7号証(昭和55年特許出願公開第105588号公報、本訴甲第7号証)を「引用例3」、同記載の発明を「引用発明3」という。

甲第8号証(昭和59年実用新案出願公告第9843号公報、本訴甲第8号証)を「引用例4」、同記載の考案を「引用考案4」という。

甲第9号証(昭和53年実用新案出願公告第1674号公報、本訴甲第9号証、別紙図面2参照)を「引用例1」、同記載の考案を「引用考案1」という。

甲第10号証(昭和53年実用新案出願公告第24940号公報、本訴甲第10号証)を「引用例5」、同記載の考案を「引用考案5」という。

4  審決の取消事由

審決書Ⅳの1は認める。同2のうち、甲1鋸柄は構成Aを有するが構成Bを備えていないこと、引用例2ないし4には構成Bに相当する挟持手段Bが記載されているが構成Cは記載されておらずかつ挟持手段Bは目的Aを達成するために設けられたものでないこと、同3のうち、引用例1には鋸替え刃の係止部(支持部)を有する挟持溝を備えた保持体(背金)を用いて鋸刃を着脱可能とした鋸について記載されているが構成Bを備えてなく、また引用例5には挟持手段Bが記載されているが構成C目的Aが記載されていないことは認め、その余は争う。

本件考案は、甲1鋸柄に周知技術である引用例2ないし4記載の狭持手段Bを組合わせること、又は、引用考案1に周知技術である引用考案2の狭持手段Bを組合わせることにより、当業者がきわめて容易に考案をすることができたものである。

しかるに、審決は、本件考案はこれらの引用考案、引用発明からきわめて容易に想到し得ないと誤って判断したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)審決は「引用例2ないし4に狭持手段Bが記載されていても、この狭持手段が構成Cを備えていることを前提として設けられているものではなく、かつ、目的Aを達成するためのものでもないので、甲1鋸柄に狭持手段Bを適用することは、当業者がきわめて容易に考えることができることではなく」、「引用考案1が、構成Bを備えていない点では甲1鋸柄と同じであり、かつ、引用例5に狭持手段Bが記載されているが、構成C、目的Aが記載されていない点では引用例2ないし4と同じであるので、上記2で述べたのと同様の理由で本件考案を無効とすべきではない」と認定判断している。

しかしながら、本件考案の「目的A」、すなわち、背金に取り付けられる部材(鋸替え刃)の厚みが異なった場合にも対応可能とすることと、「狭持手段B」との関連について考察すると、本件考案は、公知の鋸柄である甲1鋸柄又は引用考案1に「狭持手段B」を採用することで、厚みの異なる鋸替え刃の狭持装着を可能としているものである。

そして、「狭持手段B」は、引用例2ないし4等から明らかなように、物を挟むという技術において周知の手段であり最も一般的な狭持手段である。例えば、「狭持手段B」を開示した引用考案2は、包丁の峰部分を狭持して装着する器具であるが、この器具自体が一定の厚さの包丁にのみ装着するものではなく、汎用性を備えているものであることは容易に推測されるのであって、引用例2ないし4に被狭持物の厚みの変化に対応することができることが記載されていなくとも「狭持手段B」が厚みの変化に対応できることは技術常識である(なお、原告は、審判手続において、引用例5に「狭持手段B」が記載されているとは主張していない。)。

したがって、「狭持手段B」を開示した引用例2ないし4に「目的A」が記載されていなくとも、その厚み変化に対応できるという実質的な目的は開示されているとみるべきであり、本件考案は、甲1鋸柄又は引用考案1に「狭持手段B」を備えた周知技術を適用することによって、当業者においてきわめて容易に考案することができたものである。

審決は、本件考案と甲1鋸柄又は引用考案1との相違点を認定した後、当該相違点に係る本件考案の構成が引用例2ないし4に開示されているのであるから、当該開示技術が甲1鋸柄又は引用考案1にきわめて容易に適用できたか否かを判断して進歩性の有無を決すべきであるのに、引用例2ないし4に本件考案の目的Aが記載されていないとして本件考案の進歩性を認めた点において、誤まっている。

(2)被告は、本件考案における目的Aは、本出願当時当業者が全く予測していなかったことであるから、掛止め式替え刃鋸に狭持手段Bを転用することは困難である旨主張する。

しかしながら、本出願当時公知の鋸柄を使用した掛止め式替え刃鋸は、引用考案1に係る実用新案権を有する被告の独占実施状態にあったため、第三者はこれを実施できなかったにすぎず、本件考案の目的Aは、部品の汎用性を高めるという、通常の技術者の開発改良に採用されるありふれた技術的課題にすぎない。したがって、公知の鋸柄に狭持手段Bを採用することはきわめて容易であり、本件考案は、構成Bを採用することによって格別の予測以上の作用効果を発揮するものではない。

第3  請求の原因に対する認否と被告の主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。同4は争う。

審決の認定判断は正当であって、審決に原告主張の違法はない。

2(1)甲1鋸柄は、被告が製造した製品であるが、経年変化が激しく、本出願前の状態を示す証拠となり得るものではない。

また、甲1鋸柄は、特定の厚みをもった鋸替え刃を保持するための専用背金であり、構成Bの存在する余地はなく種々厚みの異なった鋸替え刃の装着等全く予想もしていない構成のものであり、また引用例2ないし4に狭持手段Bが記載されていたとしても、それらの狭持手段Bは構成Cを全く有しないものであって、目的Aを達成するためのものでもないから、これを甲1鋸柄に適用するということは、当業者がきわめて容易になし得たことではない。

(2)引用例1には、「叉状部13を設けたことは鋸刃の狭持溝に対して鋸刃がある程度強く狭持できないようなとき」(3欄欄26行ないし4欄2行)と記載され、叉状部13が単なる経年変化や製作誤差に対処するための補助手段であることが明示されており、さらに「鋸保持体2は鋼板を鋸刃3の厚さ寸法に等しい間隔を残して2重に折曲げたもの」(2欄12行ないし14行)と記載され、特定の厚みを有する鋸替え刃を装着させるための専用背金であることが明確にされているから、目的Aを明示あるいは示唆していないことが明らかである。

そして、狭持手段Bを、鋸背金に転用することがきわめて容易であるとするためには、その狭持手段に構成Cを設けることが示されていることと、公知背金に種々厚みの異なった鋸替え刃の装着を可能にさせるという目的Aが示されている必要があり、公知背金に種々厚みの異なった鋸替え刃を装着させるという目的Aが示されていなければ、いくら狭持手段Bが公知であっても、もともと転用の必要性のない事項であって、当業者にとって転用の余地はないし、ましてや、構成Cを有していない狭持手段Bに対して、構成Cを有するように変更し、さらに、それを目的Aの示されていないものに転用するようなことは、当業者がきわめて容易になし得ることではない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本件考案の要旨)、同3(審決の理由の要点)及び別添審決書Ⅳ1記載の事実は、当事者間に争いがない。

第2  成立に争いのない甲第19号証(本件出願公告公報)によれば、本件明細書には、本件考案の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が次のように記載されていることが認められる。

1  技術的課題(目的)

本件考案は、先端部に背金を取り付けた柄と、その柄に取り付ける鋸刃とからなり、柄に対して鋸刃を必要に応じて任意に着脱し得るように構成した替え刃式鋸であって、背金部への鋸刃の取付け手段の改良に関するものである(1欄24行ないし2欄3行)。

このような替え刃式の鋸における柄への鋸刃の係合手段としては、例えば昭和57年実用新案出願公告第26724号公報記載のように、柄の先端部に鋸刃を差し入れ得る形の背金を取り付けるとともに、その背金の内側壁部に支持部を形成し、鋸刃の取り付けに際しては、その支持部に対して鋸刃の凹部を掛け合わすように構成したものが存在するが、その構成がシンプルであって着脱操作を極めて簡単に行えると同時に、長時間にわたる使用にも耐え得るという利点がある反面、背金における鋸替え刃の差入れ部の間隔が特定の鋸刃の厚み寸法に合わせて形成された構成となっている結果、掛止め凹部の形状が同じであっても厚みの異なる鋸替え刃に対しては使用できないという不便さがある。すわなち、鋸刃の厚みは、鋸刃の刃長さによって種々異なっているのが普通であるが、背金を従来のような構成とした場合にはそれぞれ鋸刃の厚みに応じて形の異なる背金を用意しなければならないという不便さがある(2欄16行ないし3欄11行)。

本件考案は、鋸替え刃を係合させるための背金の改良に関するものであって、背金に替え刃を差し入れる間隙部を形成するとともに、背金の一定個所にその間隙を少なくした狭まり部を形成した構成とすることによって、従来の構成のものにみられた上記のような問題点を解決しようとするものである(3欄12行ないし18行)。

2  構成

本件考案は、上記課題を解決するために本件考案の要旨とする実用新案登録請求の範囲記載の構成(1欄2行ないし22行)を採用したものであって、替え刃式鋸本体1は、別紙図面1第1図並びに第2図に示すとおり、先端部に背金3を有する柄2と該背金3に対して着脱可能な鋸替え刃4とをもって形成せられた構成となっており、その鋸替え刃4の取付け部となる背金3は、同第3図ないし第6図に示すとおり、鋸替え刃4を差し入れる間隙部と該間隙部を絞り込むことによって形成せられた狭まり部Cを有するとともに、該間隙部内に鋸替え刃4を掛け止めるための支持部5を有し、かつ、その支持部5の下方位置に鋸替え刃4の端部Aを差し入れ得るだけの間隙部Bを有する形の金属板をもって形成せられていると同時に、その全体に対して焼入れ加工を施した構成となっている(3欄20行ないし33行)。

3  作用効果

本件考案に係る背金にあっては、鋸替え刃の厚み以下に設定した狭まり部Cが形成された構成となっている結果、鋸替え刃における掛止め凹部6の形状並びに位置を共通にさせることによって、種々の厚みを持った鋸替え刃を装着させ得るという便利さがあると同時に、装着時にあっては、狭まり部Cによって鋸刃自体が狭持せられた形となるので、鋸替え刃4と柄2との係合状態をより確実なものにし得るという利点がある(4欄21行ないし30行)。

第3  原告は、本件考案は、引用考案1に周知技術である引用考案2の狭持手段Bを組合わせることにより、当業者がきわめて容易に考案をすることができたものである旨主張するので、まず、この取消事由について検討する。

1  成立に争いのない甲第9号証によれば、引用考案1は、「柄に対して鋸刃を簡単に着脱可能な鋸を提供」(1欄34行、35行)するものであって、引用例1には、実施例に基づく説明として「鋸刃保持体2は、柄1に対する結合部8並びに鋸刃3の基端部21とその基端部に連らなる背部を狭持する狭持溝9を有するものであり、その狭持溝9には係止部10を設けてある。この鋸刃保持体2は鋼板を鋸刃3の厚さ寸法に等しい間隙を残して2重に折曲げたもので、」(2欄9行ないし14行)、「係止部10は鋸刃と同じ厚さの鋼板で形成された部材14の前方に形成されている。」(2欄21行ないし23行)、「第2図に示すように直線縁20が溝底11に接するように装着された状態で、基端部21に係止部10に丁度係合している円弧状の凹所22を下方から上方へ凹入する形で形成されている。その凹所22の形成されている基端部21は、その外縁23が係止部10の円弧に略々沿うような円弧状に形成されかつその円弧状の外縁と凹所22とによって形成される屈曲部がや、先細状に形成されている。」(2欄36行ないし3欄7行)、「鋸刃3を取外すときは、柄1を持って鋸刃3の先端部24の背側で木片等を軽く叩くと、第2図に点線25で示すように、鋸刃3が係止部10を中心として回動し係止状態が釈放されるからその状態で溝底11に沿って前方へ引き抜くことができる。鋸刃3を取付けるときは、上記とは逆に点線25の状態に差し込んでから回動させればよい。」(3欄11行ないし18行)、「上記実施例において叉状部13を設けたことは鋸刃の狭持溝に対して鋸刃がある程度強く狭持できないようなとき、プライヤ等ではさんで叉状部13の間隔を少し狭くすることで狭持作用が強力になるように考慮したものである。」(3欄26行ないし4欄4行)、「また挟持溝も鋸刃の背部の殆ど全域を挟持するような構成としたが、場合によっては相当に短小とすることもできる。」(4欄7行ないし9行)と記載され、作用効果について、「この考案によれば、簡単に柄から鋸刃を着脱できて、目立てあるいは鋸刃の交換使用に都合のよい鋸を提供できる。」(4欄14行ないし16行)と記載されていることが認められ、かつ上記実施例の構成が別紙図面2第1図ないし第4図に示されていることが認められる。

上記記載によれば、引用考案1は、目立てあるいは鋸刃の交換使用のため柄に対して鋸刃を簡単に着脱可能とするため、鋸刃保持体を鋸刃の厚さ寸法に等しい間隙を残して2重に折曲げて、その狭持部に鋸刃の円弧状の凹所が係合する係止部を設けたものであって、本件考案の前記構成Aを有するものと認められる。

一方、成立に争いのない甲第6号証によれば、引用例2には、審決認定のとおり、狭持体(ホルダ本体)に被狭持部材(刃物)を着脱可能に取り付けるために狭持体の下方側付近に被狭持部材の厚み以下に設定した狭まり部を、その上方には被狭持部材の厚み以上に設定した巾広の間隙部を設けること(「狭持手段B」)が記載されていることが認められる。

2  ところで、本件考案が引用考案1に周知技術である引用考案2の狭持手段Bを組合わせることにより、当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであるとする原告の主張については、別添審決書によれば、審決は、「引用例1には鋸刃(鋸替え刃)の係止部(支持部)を有する狭持溝を備えた保持体(背金)を用いて鋸刃を着脱可能とした鋸について記載されているが、構成Bを備えていない点では甲1鋸柄と同じであり」、引用例2には「狭持手段B」が記載されているが、「構成C、目的A」が記載されていないことを理由として、本件考案の容易推考性を否定したものと認められる。

引用考案1は、前記1認定のとおり、目立てあるいは鋸刃の交換使用のため、柄に対して鋸刃を簡単に着脱できるようにするため、鋸刃に円弧状の凹所を形成し、柄の基端部には該凹所と係合する係止部を設けたものであるが、同じ厚さの鋸刃を交換の対象とするものであることは、鋸刃保持体を形成する鋼板が鋸刃の厚さ寸法に等しい間隙を残して2重に折曲げた構成から明らかである。

しかしながら、鋸刃の厚みは鋸刃の刃長さによって種々異なっているのが普通であることは、本件明細書にも記載されている(前記第1の1参照)とおりである。また、鋸刃に一定の剛性を持たせるためには、刃の長いものは刃の短いものに比べ厚くしなければならないことは技術常識としても理解できる。したがって、替え刃式鋸において、そのような厚みの異なる鋸刃をも交換して使用できるようにすること、すなわち、本件考案の技術的課題(目的A)自体は引用例1に接した当業者であれば容易に予測できることである。

そして、前掲甲第6号証によれば、引用例2に記載された狭持体の下方側付近に被狭持部材(刃物)の厚み以下に設定した狭まり部を、その上方には被狭持部材の厚み以上に設定した巾広の間隙部を設る狭持手段は、被狭持部材の厚みが異なってもその弾性による狭持力により狭持できることは明らかであり、その構造自体が種々の厚みの被狭持部材(刃物)に対応して狭持させるという技術的思想のもとに製作されていると認められる。

そうすると、引用考案2の上記技術的思想は、厚みの異なる刃物を交換使用するという点において、本件考案の技術的課題(目的A)と共通し、また、本件考案の技術的課題は引用考案1及び鋸刃の厚みは鋸刃の刃長さによって租々異なっているという鋸刃の普通の形態から当業者が予測できること前述のとおりであるから、種々厚みの異なる鋸刃を装着するという技術的課題を解決するため引用考案1の鋸刃の構成に引用考案2の構成を転用することは当業者においてきわめて容易に着想することが可能というべきである。

そして、引用考案1における「柄の先端部に取り付けた鋸刃保持体の狭持溝に設けた係止部と鋸刃の基端部に形成した円弧状の凹所」による交換刃の支持態様は厚みの異なる鋸刃の交換にも採用できるものであり、また、厚みの異なる鋸刃の交換のため係止部の下方の間隙部は、交換に使用する最大厚みの鋸刃の基部を差し入れられる巾と差し入れるに差し支えない程度の支持部からの前方側距離を設けておけば足り、引用考案1の鋸刃保持体の狭持溝の形状として引用考案2の構成を転用することを阻害する事情が存するものとは認められない。

また、本件考案が奏する前記第1の3の作用効果は、引用考案1の鋸刃の構成に引用考案2の構成を転用することによつて当業者が容易に予測できる範囲のものにすぎない。

したがって、本件考案は引用考案1及び引用考案2に基づいて当業者がきわめて容易に想到できたものというべきである。

3  被告は、狭持手段Bを、鋸背金に転用することがきわめて容易であるとするためには、その狭持手段に構成Cを設けることが示されていることと、公知背金に種々厚みの異なった鋸替え刃の装着を可能にさせるという目的Aが示されている必要があり、公知背金に種々厚みのことなった鋸替え刃を装着させるという目的Aが示されていなければ、いくら狭持手段が公知であっても、もともと、転用の必要性のない事項であって、当業者にとって転用の余地はないし、ましてや、構成Cを有していない狭持手段Bに対して、構成Cを有するように変更し、さらに、それを目的Aの示されていないものに転用するようなことは、当業者がきわめて容易になし得ることではないと主張する。

しかしながら、技術の転用の容易性は、ある技術分野に属する当業者が当該技術分野における技術開発を行うに当たり、技術的観点からみて類似する他の技術分野に属する技術が存在する場合において、その技術を転用することを容易に着想できるか否かの観点から判断されるべきであり、転用する技術が適用の対象となる技術的思想の創作を構成する複数の構成要件と一致していなければ転用できないとは必ずしもいえない。

これを本件についてみると、木件考案の技術的課題(目的A)は前述のとおり当業者が容易に予測できるものであり、また、引用例2に本件考案の「狭持体である背金に被狭持部材である鋸替え刃を取付ける際に、被狭持部材の凹部を掛け合わせ回動させるための支持部」は記載されていないが、当該構成は引用例1に記載されており、これが厚みの異なる鋸刃の交換にもそのまま採用できる構成であることも前述のとおりであるから、その構造自体が種々の厚みの被狭持部材に対応して狭持させるという技術的思想のもとに製作されている引用考案2の狭持手段を引用考案1の鋸刃保持体の狭持溝に転用することは替え刃式鋸の技術分野における当業者にとってきわめて容易に想到できたことであって、必ずしも引用例2に前記構成C(支持部を構成Aに設ける構成)が記載されていなければ構成Bを転用できないというものでもない。

したがって、被告の上記主張は理由がない。

4  以上ゐとおりであるから、本件考案は、引用考案1及び引用考案2に基づいて当業者がきわめて容易に想到することができたものというべきであるから、これを否定した審決の判断は誤りであり、その余の取消事由について検討するまでもなく、審決は違法として取り消されるべきである。

第4  よって、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は理由があるから、正当としてとしてこれを認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

口頭弁論終結の日 平成10年3月24日

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 持本健司 裁判官 山田知司)

理由

Ⅰ.手続の経緯と要旨

本件登録第1951623号実用新案(昭和61年4月28日に出願。平成5年2月12日設定の登録。)に係わる考案(以下「本件考案」という。)の要旨は、明細書及び図面の記載からみて、その実用新案登録請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。

「柄2の先端部に背金3を取り付け、該柄2への鋸替え刃4の取り付けに際しては、背金3の内側に形成した支持部5に、替え刃4の凹部6を掛け合わせるように形成した構成の替え刃式の鋸において、背金3全体の長さを、替え刃4の手前側基部を支持する寸法に設定するとともに、背金3における支持部5が位置する下方の間隙部Bを、鋸替え刃4の基部を容易に差し入れ得る巾に設定して解放し、該巾広上の間隙部Bを、背金3における支持部5よりも前方側で、かつ、背金3の下方側付近、あるいは、背金3の先端側付近に形成した鋸替え刃4の厚み以下に設定した狭まり部Cに至るまで継続させ、背金3への鋸替え刃4の掛け止め操作時にあっては、鋸替え刃4の背部が該狭まり部Cに至るまでは、挟持状態となることなく自由に回動させ得るようにする一方、鋸替え刃の完全装着時にあっては、専ら該恒久的な狭まり部Cによって挟持され、背金3における他の内壁面部分は、鋸替え刃4の側面部に対して、圧接状態とならないように形成したことを特徴とする替え刃式鋸における背金の構造。」

Ⅱ.請求人の主張

1.本件考案は、甲第3~5号証の新聞に掲載されたことに基づき本件考案出願前から実施されていると認められる甲第1号証の写真に撮影されている被請求人が製造販売した鋸の柄(以下、「甲1鋸柄」という。)に甲第6~8号証などに記載されている挟持手段を適用することにより当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであり、本件考案の登録は、実用新案法第3条第2項の規定に違反しているので同法第37条第1項第1号に該当し無効とすべきである(以下、「第1の主張」という。)と主張している。

2.本件考案は、甲第9号証に記載された鋸に甲第10号証、または、甲第6号証に記載されている挟持手段を適用することにより当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであり、本件考案の登録は、実用新案法第3条第2項の規定に違反しているので同法第37条第1項第1号に該当し無効とすべきである(以下、「第2の主張」という。)と主張している。

Ⅲ.証拠方法

1.甲第1、2号証

は甲1鋸柄を撮影した写真である。

2.甲第3~5号証は甲第1鋸柄が出願前から実施されていることを立証するために提出した「日本刃物工具新聞」である。

3.甲第6号証(実開昭60-4362号公報)、甲第7号証(特開昭55-105588号公報)、甲第8号証(実公昭59-9843号公報)にはそれぞれ「刃物や紙葉を着脱可能に挟持する手段」について記載されている。

4.甲第9号証(実公昭53-1674号公報)には「鋸刃の係止部を有する挟持溝を備えた保持体を用いて鋸刃を着脱可能とした鋸」について記載されている。

5.甲第10号証(実公昭53-24940号公報)には「刃板を取替自由に締着固定する背金」の構造について記載されている。

6.甲第11号証は甲1鋸柄を撮影した写真である。

7.甲第12~14号証は各種構造の背金に厚みの異なる鋼板を種々挟持させた状況を撮影した写真である。

8.甲第15号証は甲1鋸柄を撮影した写真である。

9.甲第16号証(実公昭57-57655号公報)、甲第17号証(意匠登録第545991号公報)、甲第18号証(意匠登録第606331号公報)にはそれぞれ「刃体を挾着する挾着板を備えたかみそり」について記載されている。

10.甲1鋸柄に関する証人尋問を申請している。

Ⅳ.当審の判断

1.本件考案の構成と目的

本件考案の特許請求の範囲に記載されている構成の一部である「背金3における支持部5が位置する下方の間隙部Bを、鋸替え刃4の基部を容易に差し入れ得る巾に設定して解放し、該巾広上の間隙部Bを、背金3における支持部5よりも前方側で、かつ、背金3の下方側付近、あるいは、背金3の先端側付近に形成した鋸替え刃4の厚み以下に設定した狭まり部Cに至るまで継続させ」は巾広(鋸替え刃の基部を容易に差し入れ得る巾、即ち、鋸替え刃の基部より厚い巾)の間隙部が少なくとも以下の二箇所に設けられていることを示している。

(1)第1の箇所

支持部の位置を基準として上下方向には支持部の設けられている位置から下端が開放した状態となるように最下端までの範囲で、かつ、左右方向には支持部の設られている位置近傍の範囲で規定される箇所。(この箇所に鋸替え刃の基部より厚い巾の間隙部を背金に設ける構成を、以下「構成A」という。)

(2)第2の箇所

支持部よりも前方側で、かつ、背金の下方側付近に形成した鋸替え刃の厚み以下に設定した狭まり部の位置を基準として、上下方向には該狭まり部の上端から上方全ての範囲で、かつ、左右方向には該狭まり部の左右方向と同じ範囲に鋸替え刃の基部より厚い巾の間隙部を背金に設けている、若しくは、支持部よりも前方側で、かつ、背金の先端側付近に形成した鋸替え刃の厚み以下に設定した狭まり部の位置を基準として左右方向には狭まり部の支持部側端部と構成Aの先端側端部との間の範囲で、かつ、上下方向には背金の上下方向全ての範囲にで規定される箇所。(この箇所に鋸替え刃の基部より厚い巾の間隙部を背金に設ける構成を、以下「構成B」という。)

そして、構成A、構成B、狭まり部それぞれの位置を限定して設けている目的の一部は、背金に取り付けられる部材(鋸替え刃)の厚みが異なった場合にも対応可能とする(以下、「目的A」という。)ことである。

2.第1の主張について

甲1鋸柄の構成は構成Aを有し、ここに設けられた支持部に、替え刃の凹部を掛け合わせるようにした替え刃式の鋸柄である点では本件考案と同じであるが、背金の構成Aの設けられている以外の箇所はすべて狭まり部となっている(狭まり部は背金の構成Aの設けられている箇所以外の左右方向、上下方向全体に亘って設けられており、構成Bの存在する余地はない。×)、即ち、構成Bを備えていない点では本件考案と相違している。

そして、甲第6~8号証には挟持体(ホルダ本体、背板材、挾板)に被挟持部材(刃物、紙葉、鋸身)を着脱可能に取り付けるために、挟持体の下片側付近に被挟持部材の厚み以下に設定した狭まり部を、その上方には構成Bに相当する被挟持部材の厚み以上に設定した巾広の間隙部を設けること(以下、「挟持手段B」という。)が記載されている。

しかし、甲第6~8号証には本件考案が備えている、挟持体である背金に被挟持部材である鋸替え刃を取り付ける際に、被挟持部材の凹部を掛け合わせ、回動させるための支持部を構成Aに設ける(以下、「構成C」という。)ことは記載されおらず、かつ、挟持手段Bが目的Aを達成するために設けられていることも記載されていない。

したがって、甲第6~8号証に挟持手段Bが記載されていても、この挟持手段Bが構成Cを備えていることを前提として設けられたものではなく、かつ、目的Aを達成するためのものでもないので、甲1鋸柄に挟持手段Bを適用することは、当業者がきわめて容易に考えることができることではなく、本件考案を無効とすべきではないので第1の主張は採用しない。

3.第2の主張について

甲第9号証には鋸刃(鋸替え刃)の係止部(支持部)を有する挟持溝を備えた保持体(背金)を用いて鋸刃を着脱可能とした鋸について記載されているが、構成Bを備えていない点では甲1鋸柄と同じであり、かつ、甲第10号証に挟持手段Bが記載されているが、構成C、目的Aが記載されていない点では甲第6~8号証と同じであるので、上記2で述べたのと同様の理由で本件考案を無効とすべきではないので第2の主張も採用しない。

4.その他の主張について

(1)甲第11~18号証について

甲第11号証と甲第15号証は甲1鋸柄の写真であり、甲第16~18号証には挟持手段Bが記載されているが、構成C、目的Aが記載されていない点では甲第6~8号証と同じであるので、甲第11~18号証に他の証拠を加えても、上記2で述べたのと同様の理由で本件考案を無効とすべきではない。

さらに、請求人は甲第12~14号証を提出し構成Bが格別の効果を奏しない旨主張しているが、請求人自らも認めている(無効審判請求書第19頁第4~7行目参照)如く構成Bは狭まり部のみの構成に比べ厚みの変化への対応度は優れているので、この主張は採用しない。

(2)証人尋問について

請求人は甲1甲柄の入手経路及びその構造について等を尋問事項とする証人尋問請求書を提出しているが、この証人尋問によって、甲1甲柄が本件考案出願前に公然と知られていたことや、その構造が明らかにされたとしても、甲1鋸柄の構造は構成Bを備えていないことは明白であるので、上記2項で述べたのと同様の理由で本件考案を無効とすべきではないので、この証人尋問は行わない。

Ⅵ.むすび

以上のとおりであるから、提出された証拠方法によっては、本件考案の登録を無効とすべきではない。

よって、結論のとおり審決する。

別紙写真

<省略>

<省略>

別紙図面1

<省略>

<省略>

図面の簡単な説明

添付図面は、この考案の一実施例を示すものであつて、第1図は替え刃式鋸の全体を示す側面図、第2図は柄と替え刃との着脱状態を示す側面図、第3図は背金の全体を示す斜視図、第4図は背金と鋸替え刃との係合状態を示す斜視図、第5図は背金における間隙部の内部構造を示す斜視図、第6図は背金における狭まり部の形状を示す底面図、第7図並びに第8図は挟まり部の別実施例を示す斜視図である。

1……替え刃式鋸本体、2……柄、3……背金、4……鋸替え刃、5……支持部、6……凹部、A……鋸替え刃先端部、B……間隙部、C……狭まり部。

別紙図面2

<省略>

<省略>

図面の簡単な説明

第1図はこの考案の1実施例の側面図、第2図は第1図の部分Aの拡大縦断側面図、第3図は第1図のB-B断面拡大図、第4図は第1図のC-C断面拡大図である。

1……柄、2……鋸刃保持部(鋸刃保持体)、3……鋸刃、9……鋸刃挾持溝、10……係止部、11……溝底、12……溝の両側壁、13……叉状部、16……ピン、20……直線緑、22……凹所。

別紙図面3

<省略>

<省略>

図面の簡単な説明

図は本考案に係る刃物の研ぎホルダの一実施例を示し、第1図は分解斜視図、第2図は組立状態の斜視図、第3図は包丁に取付け使用状態を示す斜視図である.

1……ホルダ本体、2……保護板.

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